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ローマ時代とバラの栽培

古代ローマ時代に、政治家で博物学者のプリニウス(Plinius)によって書かれた博物誌(Naturalis Historia)の中にバラの記述があります。

この博物誌には、ケンティフォリア・ダマスク・ガリカ・アルバなどの現在でも人気が高いオールドローズの紹介や栽培方法などが記載されています。

また、皇帝ネロ (Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus)のバラ好きは有名です。

神殿の庭には大規模に植栽し、バラのお風呂に入り、バラの香油を体に塗らせ、部屋をバラで飾り、バラのお酒やデザートまで作らせといわれています。
常に神殿にバラを切らさないように、世界中からもバラを集め、植栽していたそうです。

財力豊富な皇帝ネロは別格だったとしても、バラが古代ローマの人々に愛されていた様子が伺えます。

しかしその後、ローマ帝国の滅亡によって舞台は代わり、7世紀に建国し発展していったサフラン帝国へと移ります。

サフラン帝国は、ノイバラが原生するアジアが近いという立地もあり、アジアのバラがヨーロッパに持ち込まれ、各地に広がっていきます。

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